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神父のロック論
2007-06-02 Sat 00:53
旧知の神父の最近の説教を読んでたら、また興味深いことを言っていたので
共感するか否かはひとまずおいといて、ココに一部引用。
†††
よく「ロック」って、ラブ・アンド・ピースだとか反体制だとかって言うけど、ぼくに言わせりゃ、そんなのはおままごとです。商業主義の平和活動とか、稚拙な破壊衝動とか、怨念から出てくる反逆とか。それらは結局この世のこと。真のロックっていうのは、もっと超越的な力の君臨です。「天に与えられたこのわたしそのまんまとして、この世の真ん中に立つ」、そういう輝きのことです。人を取り込んで利用しようとしたり、閉じ込めて支配しようとする悪の力に対して、「わたしはあなたに頭を下げない」と、「わたしはあなたに支配されない」と宣言する力です。「わたしは社会が理想とする自分を生きるのではなく、このわたし自身を生きる」と、パンツ一枚でみんなの真ん中に立つ。それこそが、ロックっていうことでしょう。
 イエス・キリストって、だから結構ロックですよね。堂々たるもんです。いつもこの世の力を前にして、超越的に堂々としている。イエスを捕らえに来た人たちに、イエスは言います。「誰を探しているのか」。「ナザレのイエスだ」と言うと、「わたしである」と言って、堂々と立っている。完全非暴力、全く無防備に、暴力と権力を前にして立つ。そのとき、イエスの「わたしである」という声を聞くと、軍隊が後ずさりして地に倒れたと、ヨハネ福音書は伝えております。
 ミュージカルに一緒に行ったその青年と、そのあとで飯食いながら色々話したんですけど、「将来の夢は?」って聞いたら、案の定「ロック・ミュージシャン」とか言う。「自分もステージに立ってみたい」などと言う。それで、「ああそう、がんばってね。でも、『ステージに立つ』って本当はどういうことかわかってるか」って、まあ神父、説教始めるわけです。
 「あなたが憧れている、理想とするロック・ミュージシャンの姿を思い描いて、あんなカッコいい自分だったらいいななんて思うだけなら、たとえステージに立てたとしても、誰も感動しないし、何の意味もない。そこに立っているのは、あなたではないから。むしろ、あなたが、自分自身の一番弱い部分、一番情けない部分、受け入れられなかった部分、それをそのままに堂々とステージにあがり、天のスポットライトを浴びるなら、あなたはロック・ミュージシャンになれる。みんなの共感と感動を生み出すことができる。そのステージは、実は神の『み手の上』であり、そこでこそ、あなたはあなたとして輝くことができる」
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